コラム

信仰のことさまざま

the Holy Bible in temple. Concept for faith, spirituality and religion. Peace, hope, dreams concept. Bible in an ancient Catholic temple.

飯田敏勝

 聖書通読会は複数のコースが並行して行われています。「完全通読」編はこれまで通り、各自のペースで読み進めてくだされば結構です。
 最初に始めた初級コースの「旧約の大筋」編がエジプト脱出の箇所を過ぎましたので、上級コースを並走させます。
 荒れ野の旅の記録である民数記を、一章ずつ読み進めます。そのための、新たな緑色の「通読カード」も用意しました。通読の難所ともされる民数記です。ここに手をかけ足をかけたら乗り越えられるといった具合の、読むためのガイド「旧約水切り石」を、毎週お渡しします(小礼拝堂前に置いておきます)。それと共に、一週間に一章ずつ、実際にご自身で聖書を旅してみましょう。
 初級コースと(初級が終わったあと始める)中級コースは聖書全体の流れの中での要所要所を押さえるだけなので、一つの書物を本当に通読することを、この上級コースで学んでください。
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 先月のコラムで主の祈りや信仰告白を朗読するテンポのことを書いて、皆さん意識してゆっくり目にしてくださっていること、感謝します。
 讃美歌566番による「使徒信条」ですが、これは奏楽者に合わせる必要があろうかと思います。静岡教会が月末の木曜に行う音楽礼拝に参列すれば分かりますが、音楽が司式の一部を担うのです。
 和音が変わるところで、次のフレーズを口にしていくことになります。草深では従来、和音が変わった途端に唱和し始めていたかと思います。ただそうすると、9月8日のコラム「ホモロギア」で書いた通り、前倒しに傾いていきます。和音が変わったところから息継ぎをして、それから唱和するといったペースで、臨んでみてください。
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 本日の長老会で改めて協議しますが、10月に訪問聖餐を計画しています。高齢や病床で礼拝に足を運べない方々のところで、聖餐を伴う礼拝をいたします。教会員の高齢化がしきりと叫ばれますが、従来から教会が行ってきた一つの牧会の仕方です。
 自力で教会に「行く」こと、礼拝を「する」ことにこだわりを持っている方々が、どうしても多いと感じます。しかし、それが叶わないなら「来てもらう」ことや「受ける・あずかる」ことを素直に受け止めましょう。何よりイエスさまが病気の人たちや、社会から   
 隔離されたような人たちと親しく交わりを持たれたことを忘れてはいけません。
 実際に参列はできずとも、報告によって、わたしたちの教会の枝の隅々にまで手入れがなされていることを、皆さんが受け止めてください。